ドブ板通り

アメリカ海軍ベースキャンプ正面ゲート１６号線をはさんでその店はあった。

ハンソン　友達のケンちゃんがやっていたハンバーガー屋だ。ベトナム戦争まっただ中の時代、俺が１０代の頃から米兵相手にハンバーガーを食べさせていたケンちゃん。俺達ドブ板のバンドマンの溜まり場で、両脇のハニービーやマミースナックよりもディープで、いわゆるつう好みな店だったよ。東京に暮らしてからも、ケンちゃんの作るハンバーガーやBLT・フライライスなんかが恋しくなると車を飛ばして食べに来ていたもんだ。

バンドのステージが終わると毎晩朝までハンソンでビールを飲み、忙しい時はスティックドックを揚げたりハンバーグの仕込みを手伝ったり、カウンターの中に入って客の相手したり、たまに食い逃げする兵隊をダッシュで追いかけて捕まえたり、とにかくハンソンはドブ板での俺達の場所だった。

実は花屋を開く前、代官山でこのケンちゃんのハンバーガー屋をやろうと考えていて、当時の俺の奥さんが経営していた渋谷の割烹料理店で調理経験を積んでいたことにしてもらい特別な講習会にも参加し、世田谷の東京農大の試験場で調理師免許も取得したんだよ。それからケンちゃんに頼み込んでハンバーガーやチリーソ―スのレシピを習いに数ヶ月間代官山からケンちゃんのもとに通ったんだ。結局物件や資金（夫婦して浪費家だったため開業資金が足らなくなってしまった）の問題で実現出来なかったけどね。

その後ずいぶんご無沙汰してしている間に、風の便りでハンソンが無くなってしまったと聞きショックをうけたよ。ケンちゃんとも連絡がとれず、二度とハンソンのハンバーガーが食べれない現実を思い知らされ、しばらくは寂しくってどうしようもなかった。

ドブ板がホームグラウンドであった１０代から２５才くらいまで、全ての思い出の中心にあったのがハンソンだったからね、もうドブ板に行く理由も無くなってしまった。もっともハンソンに限らずEMクラブも６０軒近くあった外人バーもロッカークラブも今や過去の話となり、もはやドブ板通りには俺の居場所もすっかり無くなってしまった。

先日久しぶりにハンバーガーを食べにハニービーへ行ったけど、やっぱり違うんだよな。東京辺りでも食べられるこのバーガーの味じゃないんだな。裏通りも歩いてみたけれど、俺が知っているドブ板の面影は僅かに残っている刺繍屋さんとワッペン屋、あとは今時の兵隊は絶対買わないだろうって感じの時代遅れなスーベニヤショップくらいで、もうドブ板は過去の遺物になってしまったんだと寂しい思いだよ。

ロックの洗礼を受けたドブ板、外人バーの姉ちゃんから大人のてほどきを受けたドブ板、バンド仲間とめいっぱい青春を謳歌したドブ板、身近にベトナム戦争を意識したドブ板、ときたまドブ板に行くたび強力にセンチになってしまうよ。時代だね。