そもそもバンドマンなんだから

 

20代の頃の俺だ。ソウルバンドをしていた頃なので、こんなにデカいアフロにしていたよ。もう演奏先で「おまえのアフロは本物か?」と黒人達が俺の頭を触りまくって喜んでいたもんだ。この頃は横須賀に住んでいて、おばさんがやっている近所のパーマ屋(美容院なんてこ洒落た店ではない)へ、スライのジャケ写を持参して「これと同じ頭にしてくれ」と懇願し、おばさんと思考錯誤を繰り返しながら出来上がったアフロだ。シャンプーの後ピックと呼ばれる櫛で大きく逆立てて、しかも15センチくらいの底上げロンドンブーツを履いてるから、俺の身長は190センチくらいにはなり、よく電車のドアの天井に頭ぶつけたりしたよ。またこのアフロは雨降りも要注意で、濡れたりするとてっぺんがペシャンコになったり、小学生の一団に出くわそうもんなら「なんだすげー頭だ、気持ち悪い」との奇怪な目で見られたりと、それなりに世間の冷たい視線は覚悟しなければならない強い意志をも必要とするアフロだった。それでもステージ以外では世間の人達と同じようにラーメン屋に行ったり、電車も乗るし医者にも行く。場合によっては市役所や銀行にもこのアフロで登場するわけだから、今にして思えばかなり気合いが入っていたんだな。今でこそスキンヘッドやパンク頭、金髪、ロン毛なんかの若者を見ても、誰も振り返って凝視したりしないだろけど、なんせこの時代だからな。そりゃ実家でも「明るいうちは近所の手前立ち寄ってくれるな」と言われても仕方のないところだ。高校在学中、親から勘当同然で家を出され、外人バーのお姉ちゃんの家から通学して、同級生が参考書片手に受験勉強に励んでいた時、俺はといえば洗濯し終わった姉ちゃんのカラフルな下着をパンパンと干していたような呆れた学生時代を過ごし、そのままバンドの道へ進んだ。通学通勤ラッシュも知らず、就職先の上司や月給なんかと無縁なバンドマンの世界が社会人の始まりで、気がつけば30代半ばまでこの世界で生きてきたことになる。一般社会の常識だの社会の仕組みなど、本当に理解したのは最近のような気もするけど、それでも今はまわりからも愛されて、こうして人並みに幸せに暮らしている。これまで幾度も壁にブチあたり、落ち込んだり悩んだりした事もあったけれど、その都度「そもそも俺はバンドマンだから」と考え、結果悪い状況も乗り切ってこれた気がしてならない。ケーサが飲みたきゃミーノして、腹が減りゃシーメを食い、愛が欲しけりゃリーヤする。

こんなわかり易い暮らしが出発点なんだもの、この先待ち受けてる困難だって俺はバンドマンという原点に立ち返れば、なんとか乗り切っていける気がするよ。って軽く考えすぎか?

                       

 

 

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