反省福助

これは随分と昔に中目黒の雑貨屋で購入したもので、正しくは おじぎ福助 というらしい。                           紅いおざぶに福助が深々と頭を下げ、小さな木札に 毎度ありがとうございます と書かれてあった。当時は花を稼業としており、まがりなりにも店舗をかまえ細々と商いをしており、このおじぎ福助なる置物を見つけた瞬間 商売繁盛に一役かっていただこう 他力本願根性丸出しの自分としては、迷うことなく即購入したしだいで、しかしながら世間様はそんなに甘いものであろうはずもなく、そのご利益効能は一向にあらわれず、いつしか我が家で埃をかぶり放置されたままであった。これはなんと罰当たりな振る舞いか!おりしもブログなるものを書き始めた頃で、思うまま日々の暮らしなんかを書いていたんだけど、ある時ふっと気がついた。それは、なんと自分の日常生活、日々の暮らしは反省に満ちあふれているのか、馬鹿の一つ覚えよろしくくる日もくる日も 反省 の二文字が登場しあげくの果て「日々の出来事や物事を反省しない奴は可愛くない。本日只今よりこのブログを反省日記とする!と開き直りともとれる宣言までする始末。そんな俺を評し「もはやお前の場合、反省するかしないかは置いといて、それはもう癖だ。フェチと言ってもいい」とのお言葉までちょうだいした。言われてみれば俺の人生、今日まで反省の連続で、例えばこれが病気ならば薬や治療で快方にむかう可能性もある。もし反省狂いだとしても、ある日突然目が覚めたら正気に戻る事だってなきにしもあらずだ。ところが癖となると話は厄介だ。イメージとしての癖は、必ずしも好ましいとはいえない。酒癖・手癖・女癖などは必ず悪いとされているし、怠け癖なんかも評判がいいとはされまい。だいたいが好ましくない事柄に多く使用されるのがこの癖というやつだ。だが待てよ、癖ある馬に能あり ってなことを聞いた事があるぞ。だからそう必ずしもそう悲観的にとらわれなくてもいいんじゃないか。それに手癖酒癖女癖など、これらがもとで人生を危うくすることはあったとしても、反省癖が原因で身を持ち崩したり破滅したなんて聞いたこともない。もっと言えば、反省癖の方が遥かに前向きなんじゃねえか。そう思ったら、マイナスなイメージなんぞ消し飛んだよ。以来このおじぎ福助を反省福助と改名して「今日も今日とて俺は元気に反省に励んどるぞ」福助の頭をなでてここ(ナタデココ)・・・あ〜くだらん。反省。反省